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ラクオリア創薬、誕生までのドラマ。
2008-08-25 Mon 22:51
ラクオリア創薬誕生のニュースは以前、本ブログでも取り上げました。
ラクオリア創薬、誕生!という記事です)

ファイザー日本法人中央研究所からスピンオフして誕生したベンチャー企業。
それだけで超注目の会社ですが、このドラマを読んだら・・・もう。
少しうるっと来そうでした。

MSN産経ニュースより

引用開始---

【ドラマ・企業攻防】外資の「閉鎖決定」から蘇った男たち 旧ファイザー中央研究所のラクオリア創薬

 海の向こうの本社が突然発表する「日本市場撤退」「部門廃止」といったリストラ策。外資系企業では珍しくないが、日本の事情を無視した身勝手な本社の決定でも、日本で働く従業員は甘んじて受け入れる例が少なくない。だが、米本社の「閉鎖決定」に立ち向かい、雇用を守るために独立を勝ち取ったのが、ファイザー日本法人の旧中央研究所(愛知県武豊町)だ。元所長をトップに約70人の社員が行動を共にし、7月から創薬ベンチャー企業「ラクオリア創薬」として再出発した。ただ、独立までの過程は困難の連続だった。

■社員の怒り爆発

 「あなたたちマネジメントチーム(経営陣)は残れるけど、おれたちは一体どうなるんだ?」

 世界最大の製薬企業、米ファイザーは2007年1月、日本法人のファイザー(東京、岩崎博充社長)の一部門で400人が在籍する中央研究所の閉鎖を決めた。これを受け、長久厚所長(当時)が所内で事情を説明した際、社員の怒りが爆発した。

 本社の都合で解雇もありうる外資系企業とはいえ、突然の閉鎖決定は社内を激しく動揺させた。長久所長は、「最後の電気はおれが消す」とぽつりとつぶやき、自らも運命をともにする覚悟を示した。

 社員の怒りには、裏切られたという思いがあった。米本社が長久所長に閉鎖方針を言い渡したのは06年の年末だ。だが、その年11月に米幹部からは「(米本社は)研究開発に一層投資をする。人員を80~100人増やせ」と言われていた。たったひと月で方針が180度変わり、中央研究所の社員は天国から地獄に突き落とされたのだ。

 長久所長は悩む。雇用を守るため、米本社に再考を訴えて翻意してもらうのが一番だが、一度決まったものを覆すのは至難の業。このため、社員の他社への就職斡旋(あっせん)や、国内外のグループ企業への異動願に長久所長は奔走。一部の社員からEBO(従業員買収)方式による独立話も出たが、資金調達に要する額は100億円を下らず、現実的と思えなかった。

■“秘策”を胸に直訴

 3月2日。日本法人のファイザーが行った記者会見の場には、岩崎社長と並んで長久所長も出席した。米本社の指示を受け、世界中で働くグループ全社員約1万人の1割削減や、日本を含む研究拠点5カ所閉鎖といったコスト削減策が対外的に発表された。だが、2人の頭の中は、別のことでいっぱいだった。ある秘策を持ち、米本社があるニューヨークに行く。記者の囲み取材もそこそこに、その足で成田空港に直行し、ニューヨークに飛び立った。

 長久所長は、米本社が研究所閉鎖を再考してくれる可能性について、淡い期待を抱いていた。実は同行した岩崎社長は米本社の実力者、ジェフリー・キンドラー会長とは昵懇(じっこん)の仲で、絶大な信任を得ている。05年末に強引な人員整理を進めた日本法人のセリンダー前社長が労使紛争で退任後、労使融和のため日本法人の専務から関連財団に出て、経営の一線を退いていた岩崎氏を社長に呼び戻したほどだ。

 米本社に着いた2人はキンドラー会長に「閉鎖を考え直してほしい」と懇願した。だが、会長は「ウォールストリートにすでに情報開示した。再考の余地はない」とにべもなかった。

 このまま手ぶらで日本には帰れない。「研究所の所員400人が路頭に迷う」と長久所長は粘りに粘った。次善の策として、「カーブアウト(企業の中から事業を切り出す)」や、「スピンオフ(子会社や事業部を親会社から分離する)」も提案してみた。すると、キンドラー会長から意外な答えが飛び出した。

■かすかに見えた希望

 「ビジネスプランを成功させる才能ある研究者が残るなら、ファイザーとしてできる限りの支援をする。新会社の立ち上げを進めても構わない」

 わずかだが、道が開けた瞬間だった。

だが、勝負はここからだ。安堵(あんど)もつかの間、長久所長の脳裏には不安がよぎった。製薬企業の生命線である知的財産をファイザーが外に出すのは前代未聞であり、具体化は綱渡りだ。また、独立といっても、先行き不確かな新会社に、どこまで社員がついてきてくれるか。山のように問題はあるが、それでもこの道に賭けるしかない。

 中央研究所に戻った長久所長を待ち受けたのは、希望に満ちた社員の顔だった。研究所に勤める社員へのアンケート調査では、新会社で働きたいと答えたのは400人中100人弱もいた。それも有能な人材がほとんどだった。思わず、「これならできる」と手応えを感じた。

 長久所長は、ファイザーをはじめ世界の巨大製薬企業による新薬開発のビジネスモデルに限界があると感じていた。巨大製薬企業には何千という応募の中からえりすぐりの研究者が集まるが、なかなかビジネスに結びつかず、社内に眠る知的財産の山の活用方法にも四苦八苦していた。

■巨大企業にできないこと

 「われわれが目指すのは文献のための科学的研究ではない。患者に薬を届けて初めて成功といえるのだ」

 こうして旧ファイザー中央研究所を母体に、長久社長以下70人の精鋭を集めたベンチャー「ラクオリア創薬」が誕生。ファイザー日本法人に加え、大和証券系ベンチャーキャピタルのエヌ・アイ・エフSMBCベンチャーズや、英投資会社コラーキャピタルなどが合計111億円を出資することになった。エヌ・アイ・エフの幹部は「事業基盤が確立した大手と、スピード感のあるベンチャーとの文化の融合が魅力」と、期待をかける。

 新会社は消化器分野などの有望な新薬候補物質を探し、それを内外の製薬会社にライセンス供与することで収入確保を目指す。軌道に乗った3~5年後には、株式を上場する計画だ。

他のベンチャーにない強みは、ファイザー中央研究所時代に構築した国内外のネットワークをそのまま受け継げることだ。大学やバイオベンチャー、公的研究機関、製薬会社との間で、オープンな情報交換やノウハウの開示、共同研究などを行い、1社では実現が難しい革新的な薬の開発につなげる考えだ。

 日本法人の一部門が巨大な米本社の決定を覆し、支援を取り付けて独立する展開となったサクセス・ストーリー。順風満帆の船出に見える。だが、社長に就任した長久氏は「これからはボーナスがなくなるのではなく、失敗したら会社がなくなるんですよ」と笑った。

---引用終了

何かもう・・・。

すごいですよね。

外資系企業の日本法人って本社に逆らえないものかと思っていましたが…。
(自分はコテコテの内資企業なので外資に対してはそーいうイメージを抱いてます。)

すごいよ。
長久社長。

研究所閉鎖発表から短期間でこの起業劇。

ファイザー側の全面支援があってのことだとは思いますが。

これからもこの会社から目が離せません。
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この記事のコメント
長久さん スゴイひとですよ。
人の良いところ”しか”見ないという困った面もありますけど。
10/14のWBSで久しぶりに見ました。がんばって欲しいです。
2008-10-25 Sat 22:30 | URL | うにゃうにゃ #ADJD0lrw[ 内容変更] | top↑
> うにゃうにゃさん
コメントありがとうございます。

もしかして長久氏とお知り合いなのでしょうか?

…それは置いといて。

長久氏がスゴイ人だというのは、引用した記事を読んだ時感じました。
閉鎖決定からラクオリア立ち上げまでをあれだけの短期間でやり、また多くの所員たちが氏についてきたというところからも彼のすごさがわかります。

これからが大変だとは思いますが、応援しつつ注目していきたいと思います。
2008-10-27 Mon 23:55 | URL | sayuri #-[ 内容変更] | top↑
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